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【祝新元号】平成元年と平成30年のゲームや携帯を振り返ると進化が凄かった!

この記事は約 6 分で読めます。

2019年4月1日に
新元号が発表されました!

元号が【令和】に決まり、
由来が万葉集からきてると
話題を集めましたね。

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そんな平成時代も後わずか…。

今回は平成元年から30年までの
色々な物の進化が凄いと
話題になっていましたので、
まとめてみようと思います。

では一気にどうぞ!

進化が凄すぎる!画像で見比べ!

この30年で人類は
大きく進歩しました。

パソコン、携帯、ゲーム、アニメ。
様々な物が進化を遂げました。

それを元年当初の画像と
平成30年に出た機械や映像の画像を
見比べて楽しんでくださいね。

 

携帯電話

1987年(昭和62年)に
携帯電話サービスが
始まってから約30年。

今の携帯電話の契約数は1億7009万
(総務省調べ)で国民1人あたり1台を
持っている計算になり、
現代人にとって欠かせないツールである。

平成30年の歴史の中で、
携帯電話はアナログから
デジタルに変貌。

カメラや電子マネーといった機能を付加し、
日本独自の進化を遂げたガラパゴス携帯、
いわゆる「ガラケー」中心から、
爆発的に普及したスマートフォンへと
目まぐるしく変化してきた。

また、「着メロ」「写メ」など
携帯電話にまつわる言葉も
数多く生まれ、2017年には
「インスタ映え」が新語、
流行語大賞を受賞した。

まさに平成の時代と
ともに歩んできた
と言っても過言ではない
携帯電話の歴史。

そんな携帯電話の
平成元年〜平成30年
までの進化は凄かった!

男性(40代)
男性(40代)
携帯出た当時は全く買えなくて、買ってた友人がいたら「すげー!」って叫んでたよ。

平成元年

 

↓ ↓ ↓

 

平成30年

 

パソコン

パソコンは1970年に、
アメリカで誕生した。

最初はとても値段が高くて、
ふつうの人が買うなんてとても無理。

大きな会社の
【かぎられた人だけ】が使うような、
特別なものだった。

1985年頃にアメリカの
アップルコンピュータ社(今のアップル)の
「Macintosh(マッキントッシュ)」や、
マイクロソフト社の
「Windows(ウィンドウズ)」が登場し、
世界のパソコンの流れが変わり始めた。

それまではパソコンで何かしようと思うと、
自分で文字や文章を入力して
指示を出さなくてはいけないなど、
操作そうさがかなりむずかしかった。

指示を出すとき、
パソコン画面には
英語の文章や記号が
何行もならんでいた。

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でも、1985年ごろから、
だれでもかんたんに操作できるように、
画面上のアイコン(マーク)をマウスで
カチッとクリックするだけで
動くようになってきた。

それに、
それまではパソコンをつくる会社ごとに
パソコンの中身も別々につくっていたから、
使い方もそれぞれちがっていた。

でもマイクロソフト社は、
どんなパソコンでも同じように使える
基本的しくみをつくった。

それが「ウィンドウズ」。
それからは、
いろんなパソコン会社が、
ウィンドウズで動かせる
パソコンをつくるようになった。

この流れの中で、
NECも1992年に、
ウィンドウズを入れた
新しいシリーズを売り出した。

2012年夏、
「世界一(※)」のパソコンNECの
「LaVie Z(ラヴィ ゼット)」が発売された。
何が世界一かというと、
わずか875gというその軽さ。

あつみも14.9㎜と、おどろくほどスリム。

開発中は
「世界一にならないくらいなら開発中止」
とまでいわれていたという。

※NECパーソナルコンピュータ調べ

そんなパソコンは
この30年で大きく変わりました。

男性(60代)
男性(60代)
今の時代のパソコンは高性能すぎてついていけない…。笑

平成元年

 

↓ ↓ ↓

 

平成30年

 

ゲーム機

夢中で遊んだ携帯ゲーム機。

その元祖であるゲームボーイが任天堂から
発売されたのは1989(平成元)年4月のこと。

元年「ゲームボーイ」が、
子どもたちの間で大ブームとなる。

ゲームボーイのすごさは、
テレビを接続せずに遊べること。

当時のゲームはファミコン
(ファミリーコンピュータ)のように
テレビにつながないと
遊べませんでした。

テレビは現在ほど安くはなく、
一家に1台、リビングにあるのが一般的。

いちいち親の了解を得なければ
ゲームで遊べなかった時代の
子供たちにとって、
ゲームボーイはとても歓迎された

友達同士で持ち寄って
外で遊ぶこともでき、
ゲームのコミュニティを
大きく広げてみせたことも大きい。

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そんなゲームも進化し、
2017年3月に【Nintendo Switch】が
販売された。

据置機としても携帯機としても
遊ぶことができる、
両者のハイブリッドとも言うべき
新しいコンセプトの家庭用ゲーム機。

任天堂の資料では
「持ち運びができる据え置きゲーム機」
と位置づけられており、
分類上はあくまで据置機であるとしている。

Nintendo Switch本体は
タブレット端末であり、
これに脱着可能なコントローラー
【Joy-Con」(L) (R)】のふたつと、
電源・HDMI出力機能を備えたスタンド
「Nintendo Switch ドック」を
組み合わせて遊ぶ。

テレビなどの外部モニターと
接続されたドックに本体をセットすることで
モニターに映像が出力され、
据え置き機のように遊ぶ事ができる。

また、ドックから本体を取り出し、
Joy-Conを端末の両端に接続することで、
Wii Uゲームパッドに似た形状の
携帯機として遊ぶこともできるという
革新的なゲーム機ができました。

そんなゲーム機は
これからも勢いよく
進化するだろう。

男性(30代)
男性(30代)
ゲームボーイは当時母親に「買ってー!!」ってすがったっけな…。お手伝い1ヶ月毎日して買ってもらった記憶がある!笑

平成元年

 

↓ ↓ ↓

 

 

平成30年

 

アニメ

元年のアニメ業界は、
当時のアニメ雑誌にも
書かれるほど「冬の時代」だった。

ひとつには、
当時日米合作アニメが
多数制作されていたため、
主力アニメーターが
国外で活躍していたことから、
国内のアニメ制作現場が
手薄になっていたという説がある
いっぽう、アニメを楽しんでいた
視聴者側の状況の変化も大きかったと思われる。

その説明の前に、
1980年代後半の
アニメ事情について振り返ってみたい。

「ヤマト」「ガンダム」などに
端を発する1970年代後半の
アニメブーム以降、
アニメファンの存在が
世に認知され、
そういった「濃い人たち」向けの
アニメが急増したのが1980年代初頭だ。

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ビデオデッキが一般家庭に
普及し始めたのもこの時期。

1980年代初頭だと、
1台20万円オーバーと
まだまだかなりの高額商品ではあったが、
経済力のあるアニメファンを中心に、
いつでも、何度も好きなアニメを観ることができ、
予約録画、コマ送りなど映像をじっくり堪能できる
ビデオデッキは着実に広まっていった。

そんな中で登場したのが
OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)である。

「好きな物には投資を惜しまない」
アニメファン向けに作品を作り、
購入してもらうことで
ダイレクトに製作費が回収できることから、
よりアニメファンの嗜好に寄せた
コアな作品が次々と作られるようになるのである。

 

つまり、
テレビアニメのメインターゲットたる
子どもたちはテレビゲームに夢中となり、
太客のアニメファン向け作品はOVAという、
よりニッチな市場に軸足を移したのである。

その結果、
1989年当時のテレビアニメの主流は
「ドラゴンボールZ」「シティハンター」「YAWARA!」
「悪魔くん」といったマンガ原作もの、
「ドラえもん」「チンプイ」「ビリ犬なんでも商会」
「パラソルへんべえ」などの藤子アニメ、
「おぼっちゃまくん」「ダッシュ!四駆郎」
「新ビックリマン」「GO!レスラー軍団」といった
「コロコロコミック」「コミックボンボン」連載の児童向け、
またはホビーアニメ、「魔法使いサリ
「ジャングル大帝」「がきデカ」「みなしごハッチ」
などのリバイバル・懐かし原作ものアニメといった具合に、
ファミリー向け、低年齢層向けの
作品の比率が多めだったといえる。

多様化する趣味嗜好にあわせて
細分化が進んだ結果、
かつてのような大きなブームを
生み出すパワーを持った作品が
生まれにくくなっていたのが、
1989年―平成元年のアニメ業界。

そんな平成元年時のものを
今の子供たちに見せると、
「なんかダサい…」という
声があがることもある。

男性
男性
平成初期の頃のアニメが懐かしい。
当時は今より規制が緩かったので、今では考えられないようなアニメが流行ったりしたな…。

平成元年

 

↓ ↓ ↓

 

平成30年

 

映像

平成を振り返ってみると、
2Dから3Dへの表現の拡大や、
海外ゲームの躍進、
ダウンロード販売の一般化、
ゲームを楽しむデバイスとしての
スマートフォンの台頭など
様々な変革が起きた時代でした。

液晶の歴史で実は
液晶は1888年、
オーストリアの植物学者
F・ライニッツァーによって発見された。

彼は、コレステロールと安息香酸の
エステル化合物を加熱すると
2度融解することを見い出し、
その原理の解明をドイツの物理学者
O・レーマンに委託した。

レーマンは液体でありながら、
複屈折や異方性といった性質を
持つことを発見し、
この不思議な物質を
「流れる結晶」と位置づけた。

液晶は液体と結晶の中間
=液体結晶ということで、
後にG・フリーデルによって
「液晶」と名づけられたそうです。

パソコンの高精細化が進み、
それに伴いモニタも4Kや5Kという
非常に高解像度のものが
次々登場するようになってきました。

今やディスプレイの
主流になっている“4Kモニター”だが、
時代は5Kモニターになりそうだ。

男性
男性
テレビ買う時4Kが凄く流行ったよね!当時は「へー綺麗に映るんだ。」くらいにしか思ってなかった。でもパソコンにはとっくに5Kって使われてるんだね…。時代が進むの早すぎる!

平成元年

 

↓ ↓ ↓

 

 

平成30年

まとめ

いかがでしたでしょうか?

平成元旦〜平成30年までの
歴史で機械や映像は
ここまで大きく進化しました。

もしかしたら令和年には
スマートフォンがGoogleグラスみたいに
変わっているかもしれません!

平成は2019年4月30日までですが、
令和はまだまだ新時代を
築いていってほしいですね。

最後までお読みいただき、
ありがとうございました!

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